世界で最もシェアを占めているCMSのWordPressですが、現在商標権をめぐる騒動が起きており、利用者や開発者たちの間で不安が広がっています。

騒動の中心となっているのは、WordPressを運営するAutomattic社および代表のMatt Mullenweg(マット・マレンウェッグ)氏と、WordPressのホスティングサービスを提供するWP Engine社です。
両者は、お互いどのような背景があり、どのような主張で訴訟が起きているのでしょうか?

本記事はWordPress側、WP Engine側のどちらかを賛否するものではなく、あくまで中立的な立場をとった上で、関係者それぞれの立場から騒動の背景を整理し、起きた事実を時系列でまとめました。
まだ騒動は現在進行中ですが、今後WordPressを利用する上で、どのようなポイントに注目しておくべきかおさえておきましょう。

問題の背景を理解するために|関係者や利害関係の整理

今回の訴訟問題は

  • 関係する団体や、人物たちの利害関係が複雑
  • フォークやリポジトリといった、エンジニア用語の理解が必要
  • オープンソースの理念と商業利用のあり方がぶつかり合う、答えのない問題

といった特徴があり、普段ワードプレス関連の制作に携わっていない人にとっては理解が難しい問題です。

全体像を把握するために、まずは知っておくべき内容についてまとめました。

WordPressの概要と歴史

WordPressは、2003年にマット・マレンウェッグ氏とマイク・リトル氏によって開発が始まったCMS(コンテンツ・マネジメント・システム)です。
現在、世界中のウェブサイトの約43%がWordPressで構築されており、個人ブログから企業サイト、さらにはeコマースサイトまで幅広い用途で利用されています。
参考:Historical yearly trends in the usage statistics of content management systems, January 2025

  • オープンソースで、誰でも自由に利用・カスタマイズできる。
  • 多様なプラグインとテーマがあり、柔軟に追加機能やデザインの変更ができる
  • 開発者やユーザーが協力し合う大規模なコミュニティがあり、常にプラットフォームの改善を続けられている

このような特徴があり、初心者でも使いやすいCMSとして広く利用されています。

今回の騒動の中心人物であるマット・マレンウェグ氏は、WordPressの共同設立者の1人で、以下で解説するWordPressに関連する様々な団体のリーダーを担っています。

WordPressに関連するサービスや団体

WordPressに関連するサービスや団体には、主に以下の4つがあります。

  • wordpress.org
  • WordPress.com
  • WordPress財団
  • Automattic社

2つのサービスサイト

  役割 管理・運営
WordPress.com 商業的な成功を目指す商用ホスティングサービス
WordPressサイトの立ち上げから運営まで、ユーザーが簡単にできるように設計されている
Automattic社
wordpress.org WordPressソフトウェアの公式配布サイト
オープンソースプロジェクトの中心的な場で、プラグインやテーマのリポジトリ、ユーザーサポートフォーラムを提供している
WordPress財団


2つの管理・運営団体

  役割 主な収入源など
WordPress財団 WordPressプロジェクトの保護と推進する
WordPressの商標を所有している
商業活動を行わず、教育やイベント支援を行う
非営利団体
主な収入源は寄付
Automattic社 WordPress関連の商業サービスを提供する
WordPress.comを運営し、財団と密接に連携
WooCommerce(EC化する有料プラグイン)などの開発を行っている
 
営利企業
主な収入源は有料プランのサービス提供
や広告収入など

いずれも役割や収益源が異なりますが、中心人物は全てマット氏となります。

WP Engine社

WP Engine社は、WordPressを利用する企業や個人に特化したホスティングサービスを提供する会社です。
ホスティングサービスとは、サーバーの構築や管理など、サイトを入れるための箱を貸し出すサービスのことです。

メイン事業はホスティングサービス

WP Engineの主なサービスは、WordPressサイトを素早く・安全に立ち上げることに特化したホスティングサービスです。

他にも、WordPress開発者向けのツールや環境、プラグインを提供しています。
テストサイトを作る際などに、多くの開発者から利用されている「Local」や、今回の騒動で影響のあった「ACF(Advanced Custom Fields)」も、WP Engineが開発したソフトウェアになります。

このように、WP Engine社は単なるホスティング会社に留まらず、WordPressサイト運営者が効率的に開発を進めることができるための環境を提供するサービスも行っています。

直近の売上は急増。資金調達源は投資会社のSilver Lake社

WP Engine社は2010年に設立以降、安定した成長を続けてきました。
2020年以降に売上が急増し、2024年の売上は4億ドルに達しました。

総従業員数は1,100人で、12万人以上の顧客がいます。
このWP Engine社への投資とサポートを行っていたのが、世界的なプライベートエクイティファームであるSilver Lake社です。
※プライベートエクイティファーム:未公開株式への投資を行うファンドや投資会社のこと。

訴訟問題には直接登場しませんが、マット氏はWPエンジン社への主要投資家であるSilver Lake社の姿勢に対して、特に痛烈な批判をしています。

オープンソースとは?

オープンソースとは、ソフトウェアの設計図(ソースコード)を誰でも自由に見たり、使ったり、修正したりできる性質を持つソフトウェアです。

  • 誰でも無料で、自由にソフトウェアをダウンロードして使うことができる。
  • 開発者が必要に応じて機能を追加したり、改良したりするカスタマイズができます。
  • 個人や企業、開発者のグループなどのコミュニティが協力してソフトウェアを改善していく仕組みがあります。

WordPressもオープンソースソフトウェアの一つで、誰でも自由に使えるメリットから、多くのユーザーや企業から採用されています。
しかし、その「自由」をどう管理し、どのように商業利用とバランスを取っていくのかが、今回の問題の争点になっています。

訴訟に至った経緯を時系列で解説

ここからは、WP EngineがAutomattic社の訴訟に踏み切った経緯を時系列順で解説します。
(マット氏がSNS等で行ったネガティブキャンペーンについては、本筋に関連するものだけピックアップしています)

9月20日:ワードプレスキャンプでのMatt氏のスピーチ

世間の注目を浴びるきっかけとなったのは、2024年9月20日、ワードプレスキャンプUSAで登壇したマット氏のスピーチでした。
Welcome to Day 4 of WordCamp US 2024 – WordCamp US 2024
 

スピーチの冒頭でマット氏は、WordPressの発展を支える哲学として「エコシステム思考(Ecosystem Thinking)」について解説しています。

この考え方は、オープンソースを正しく機能させ、成長させるためには、具体的な指標としてファイブ・フォー・ザ・フューチャー(時間または金銭的リソースの5%をWordPressプロジェクトに貢献するという目標)が必要だと述べています。
Five for the Future Handbook | Five for the Future | WordPress.org

その上でWP Engineを
「Automatticは週3900時間を投資しているのに対し、WP Engineはわずか40時間しか投資しておらず、コミュニティに還元していない」
と、痛烈に批判しました。

さらにその翌日の9月21日、マレンウェグ氏はWP Engineを「WP EngineはWordPressではない」というタイトルのブログを投稿。世間から一気に注目を浴びることになります。

Automatticの要求

エコシステム思考やファイブ・フォー・ザ・フューチャーの順守は、あくまでモラル的なものであり、法的な拘束力はありません。
Automattic社が主張したのは、WordPressの商標権の使用についてです。
WordPress自体はオープンソースなので自由に使用できますが、商標はAutomattic社が保持しているため、商標利用について制限する権利があるという主張でした。

2024年9月25日、Automattic社は「WP EngineがWordPressの商標を使って放置している」として、収益の8%を商標使用料として支払うよう要求しました。
Open Source, Trademarks, and WP Engine – Automattic
wp-engine-cease-and-desist-exhibits.pdf
https://automattic.com/2024/wp-engine-term-sheet.pdf

同日9月25日、WordPress財団はWP Engineを名指しする形で、商標ポリシーを更新しています。
Trademark Policy – WordPress Foundation

WP Engineが訴訟を開始

2024年10月2日、WP Engineは、AutomatticおよびWordPress共同創設者のMatt氏に対して、恐喝と権力の乱用で告訴しました。
併せて、これまでにどれだけMatt氏から妨害や恐喝があったかをまとめた文書も公開しています。
https://wpengine.com/wp-content/uploads/2024/10/Complaint-WP-Engine-v-Automattic-et-al.pdf

WordPressがWP Engineに対して行った代表的な行為

訴訟に至る前から裁判の期間中まで、WordPressはWP Engineに対して以下のような行為を行っていたことが確認されています。

9月25日:WordPress.orgリソースへのアクセスをブロック

9月25日、Matt氏はWP EngineのWordPress.orgリソースへのアクセスを禁止しました。
これにより、WP EngineでホスティングされているWordPressのみ、wordpress.orgで提供されているプラグインやテーマが利用できなくなったほか、脆弱性を修正するアップデートなどが受けられなくなりました。

2024年10月9日:チェックボックスの追加

10月9日、WordPress.orgのログイン画面に「WP Engineと無関係であること」を証明する新しいチェックボックスが追加されました。
WP Engineと無関係であることを確認したユーザーのみがログインできるようになっており、Slackコミュニティ内で反発が生じました。

10月13日:ACFのフォークとSCFのリリース

10月13日、AutomatticはWP Engineが所有するプラグイン「Advanced Custom Fields(ACF)」をフォーク※し、「Secure Custom Fields(SCF)」としてリリースしました。
※フォーク:元のプログラムをコピーして、別の方向に進化させること

このフォークは「セキュリティ問題を修正するため」という理由でAutomattic社によって行われました。
当然WP Engine側は「ACFの名称変更やソースコードの利用が、同意なく行われた」として抗議しています。

ACFはそもそもオープンソースなので、プログラムをコピーしてほぼ同じものをリリースするのは、法的には問題ありません。
しかし問題なのは、インストール数やレビュー数も引き継いだことや、プラグインをアップデートすると自動的にSCFに切り替わる仕組みになっていたことです。前代未聞の権力の行使に、プラグイン開発者から衝撃の声が上がっていました。

地方裁判所でWP Engineからの申し立てを認める判決

2024年12月10日、カリフォルニア北部地区連邦地方裁判所はAutomatticに対し、WP EngineのWordPress.orgへのアクセスのブロックとプラグインへの干渉を停止するように命じました。
Order on Motion for Preliminary Injunction – #64 in WPEngine, Inc. v. Automattic Inc. (N.D. Cal., 3:24-cv-06917) – CourtListener.com

裁判官は、「Automattic社とmatt氏には、明確にWP Engineへの妨害が認められる」と判断し

  • アクセスブロックの解除
  • ACFプラグインの制御権の返還
  • 不適切なチェックボックスの削除

などの復元を、72時間以内にAutomattic社とマット氏に行うように命令しました。

判決後のAutomattic社

判決後のXにて、Automattic社はまだWP Engine社と戦う姿勢を見せています。

2025年に入った現在も、まだSNS上でWP Engine社へのネガティブキャンペーンを実施しています。
さらに、マット氏の姿勢に異を唱える人がいれば、コミュニティでのアカウントを停止させたりしています。
Joost/Karim Fork – WordPress News
一旦判決は下されましたが、まだ争いは終わっていないことが伺えます。

本件の賛否が分かれる理由と争点

今回の騒動が根深いものとなっている背景として、「オープンソースと商業利用」が抱えるジレンマがあります。

オープンソースプロジェクトを維持し続けるためには、脆弱性の発見や修正、継続的な保守開発が必要です。
当然、開発者やコミュニティはその対応に時間的リソースを取られることになりますので、資金が還元される仕組みが必要です。

しかし、利用者から料金を徴収することは、自由利用の精神に反するというジレンマが存在します。

また、今回のWP Engineのような大企業がオープンソースプロジェクトを支配することで、プロジェクトの利益が一部の企業に偏ってしまう可能性があります。

オープンソースを利用すれば利益を得られる可能性がありますが、得た利益をコミュニティに還元しなければならない法律は、今のところありません。
Matt氏が掲げる「ファイブ・フォー・ザ・フューチャー(時間的・金銭的リソースの5%を還元)」を順守するかどうかは、企業や個人のモラルに委ねられています。

このように、「商業利用とコミュニティのバランスをどう保つか?」という論点が、今回の騒動の背後にあります。

WordPressのようなオープンソースプロジェクトを健全に維持し続けるためには、

  • ユーザーから見たオープンソースの使いやすさ
  • オープンソースを商業利用する企業の利益
  • オープンソースのコミュニティに貢献した人へのインセンティブ

これらのバランスをどのように保つかが課題になっています。

WordPressサイト運営者への影響と今後

今回の訴訟と関連する問題は、WordPressでサイト運営する人々にも、以下のような影響を及ぼす可能性があります。

商標ポリシーの変更や有料化

商標利用に関するポリシーが厳格化される可能性があり、「WordPress」という名称の使用に追加の許可や費用が必要になるかもしれません。

ホスティング費用の上昇

WP Engineのようなホスティングサービスプロバイダーが、訴訟や関連費用の影響で価格を引き上げるリスクがあります。

プラグイン・テーマの供給体制への影響

プラグインやテーマの開発者は、利用するユーザー数や高評価を時間をかけて積み上げています。
フォークしたプラグインにこれまで積み重ねた評価を引き継ぐことができてしまう事実は、開発者にとって非常に脅威となります。
良質なテーマやプラグインが生まれにくくなることで、WordPress全体の利便性が下がり、ユーザー離れが進む可能性があります。

これらの影響を踏まえた上で、WordPressサイト運営者は最新の動向に注目しつつ、適切な選択を行う準備が必要です。

2025年1月現在、まだ両者の争いは続いており、今後どのような方向に進むか予想ができません。

WordPressには、もともとセキュリティ面や表示速度の観点からいくつか懸念点があります。
WordPressを使わない5つの理由とは?利権をめぐるトラブルについて

世界シェアNo.1のCMSなので、すぐにWordPressが利用できなくなることはないと思われます。
しかし、もし利用できなくなった場合に備えて、代替案を準備しておくと安心できます。

WordPressに代わるCMSや、CMSの選び方ついては、こちらの記事にまとめていますので参考にしてください。
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